楽心会の創設者である有井癸巳雄先生は、書道では凌雲、茶道では宗楽として知られていますが、本学前身の旧制第二高等学校教授を経て、本学教養部教授を務められた化学を専門とする研究者でもあります。ここでは、研究者或いは教育者としての有井先生の足跡をWEB情報から辿ります。

有井先生のご専門が化学であることは楽心会に伝えられておりますが、具体的な研究内容については余り伝わっておらず、文献データベースから探る必要がありました。幸いにも、東北大学機関リポジトリに所蔵された文献に、有井先生の研究の足跡が記されていました。

有井癸巳雄・永澤信・野邑雄吉(二高教授・のち東北大教授)

東北地方温泉の研究( 1941 ~ 47 有井癸巳雄・永澤信 ¥6,540)

鬼首間欠泉の研究(1941-49 野邑雄吉 ¥7,511)

曽根原 理, 永田 英明, 村上 麻佑子,「企画展「学都仙台を支えた「天財」-斎藤報恩会と東北大学」 」,東北大学史料館紀要12 (2017)109-136.

このように、戦中から戦後にかけて、有井先生と楽心会の初代顧問でもある永澤先生らは、鬼首温泉において合宿などを通して旧制二高の学生とともに、温泉の調査研究を進めていたようです。この時の有井先生の御写真は、東北大学関係写真データベースに収められています。 また、かつて魯迅も学んだ仙台医学専門学校、後に旧制二高で用いられた階段教室でのお写真も所蔵されています。尚、階段教室は本学片平キャンパスに現存しており、一般公開されています。

有井先生の鬼首温泉での研究成果の一端は、日本化学雑誌に見つけることができました。

東北地方の温泉の研究の一つとして,昭和19年12月27日より,同29日に亘って調査した,環蔵王温泉群中の天童温泉群について報告する.(後略)

有井 癸巳雄, 永澤 信, 瀬戸 邦夫,「 (第7報)天童温泉群について」,日本化學雜誌70(1949)44-45.

本論文では、鬼首温泉の温泉宿ごとに、深さ、湧出量、泉温、化学成分を分析した結果を報告されています。共著者には、楽心会の三代目の顧問を務められた瀬戸先生のお名前も拝見できます。本研究は、前報の「瀬見温泉群について」後報の「車湯温泉群について」等を含めて、「東北地方の温泉の地球化学的研究」として報告されており、有井先生御一行が東北各地の温泉を求めて行脚していたことが想起されます。日本地球化学会の創立が1953年ということですから、有井先生は、日本の地球化学研究の初期の一人であると言えるかもしれません。

有井先生の地球化学に関する学の系譜は、農学部に移られて食品化学を専門とされた永澤信先生や、工学部に移られて分析化学や放射化学を専門とされた瀬戸邦夫先生に繋がっていったようです。

有井先生の教育的な足跡も、日本化学会誌に残されていました。

(前略)学会は研究部門だけでなく、教育部門も重視したい。(後略)

有井 癸巳雄「化学教育における種々の関連性(東北関東支部連合地方大会化学教育部会)」,日本化学会 化学教育シンポジウム4(1956)16-17.

(前略)化学教育は知識を授けることの重要なことは申すまでもないが、ただ単にそれだけに終わることなく、化学を通して自然法則の内容を悟らしめ、科学的な訓練によって合理的な考え方、処理の仕方などを授けることにより、人間形成の役割を遂行することでなければならないと思うのである。(後略)

有井 癸巳雄「化学教育の諸問題」,日本化学会 化学教育シンポジウム6(1958)10-14.

楽心会の皆さんには、ここに記された有井先生の化学教育に対する姿勢が、楽心会に伝わる茶道に対する姿勢と通ずるものがあると感じられるのではないでしょうか。

さて、最後に余談ですが、筆者は学生時代に楽心会の仲間とドライブがてら東北中の温泉を探訪しておりましたが、まさか有井先生の足跡を辿っていたとは、所詮は釈迦の掌の上の孫悟空であったのかと思った次第です。

44代道具係 R.K.(平成4年工学部入学)